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覚王山》1548年(天文17年)築城、織田信長の父・信秀の居城「末森城」跡に鎮座する「城山八幡宮(しろやまはちまんぐう)」。現在は名古屋の恋愛パワースポットとして歴史を刻む。

2017/05/22  

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地下鉄東山線「本山」1番出入口から地上に出ると広小路通に出ます。そこには、名古屋を代表する大通り、広小路通(ひろこうじどおり)が。そのまま東にまっすぐ進み、6つ目の角で左折すると、真正面に「城山八幡宮」の立派な鳥居が見えてきます。

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「城山八幡宮」は、1548年(天文17年)に築城された「末森城跡」にあります。そのため、お堀や本丸跡など、城の痕跡が境内の随所に残っています。

末森城は、織田信長の父「織田信秀」が三河国松平氏や駿河国今川氏などの侵攻に備えて築城したもので、現在の名古屋市守山区に位置した守山城と合わせて、東方の防御線をになっていました。織田信秀自身も1551年(天文20年)に死去するまで居城にしていたとされています。

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約10,000坪の広い敷地は、青々とした木々に囲まれた小高い山になっています。本殿まで、森林浴をしながらゆるりと向かいます。

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全国約44,000社ある八幡宮の一つ「城山八幡宮」は、八幡神を祭神としており、本殿は敷地のほぼ中心に建っています。元々は、現在の名古屋市千種区春里町に鎮座していましたが、1908年(明治41年)に末森城跡にあった白山社や末森村内の浅間社、山神社、一ノ御前社を合祀した後、1936年(昭和11年)に現在の地に遷座しました。

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縁結びの地としても有名で、本殿の裏手にある「連理木(れんりぼく)」がその謂れとなっています。連理木とは、一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長を遂げた樹木のことを言い、古来より吉兆とされ、良縁祈願、夫婦円満、縁結びの御神木として信仰されています。また、この木は幹周り3m53cm、根周り4m30cm、樹高15mの名古屋市内最大のアベマキで、市の保存樹になっています。

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連理木の縁結びにあやかり、境内にはさまざまな恋愛成就のスポットがあります。
手水舎の横にある水盤もそのひとつで、恋愛運向上のパワーストーン「ローズクォーツ」で四つ葉のクローバーが描かれています。この水盤に、恋愛運を占う「水みくじ」(初穂料300円)をそっと浮かべると、みくじに結果が浮かび上がってきます。どんな結果でも、良いご縁に繋がる何かを得ることが出来そうです。

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本殿の右にある大きな石は、「桃取石(良縁石)」と言い、縁結びのシンボルとして有名な三重県伊勢市の二見浦の「夫婦岩」と同じ石です。なぜ、この石が縁結びのシンボルになっているのか。それは、この石の産地である三重県鳥羽市答志島桃取町に群生し、町名の由来にもなった「山桃」が関係しています。

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「山桃」には、雄株と雌株が数km離れていても、花粉が風に乗って遠く離れた雌花のもとへ訪れ、受粉するという性質があり、それが、困難に負けず“一途”にお互いを想い合う恋人たちを連想させるためか、“一途”、“ただひとりを愛する”という花言葉がつけられています。城山八幡宮の「桃取石(良縁石)」は、「山桃」の性質に見立てたような方法で恋占いが出来るスポットとして親しまれています。

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「桃取石の恋占い」で良縁を願う場合は、奥にある青石から目を閉じたまま真っ直ぐ進み、赤石に触れられれば願いが叶うと言われています。二人の縁の成就を願う場合は、男性が青石、女性が赤石より目を閉じたまま真っ直ぐ進み、相手に触れることができたら、二人の願いは成就するとのこと。“一途”にただひとりの相手を目指して願えば、一層強い願いとして神様が訊いてくれそうです。

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「末森城跡」を含むこの一帯は、別名「末森山」と呼ばれており、遡ること6世紀後半頃には「城山古墳群」があったともされています。

古墳に城と、その時代ごとに重要な場所であった地に鎮座する「城山八幡宮」。現在では、“古井(恋)の水” の「高牟神社」、“よりそい石” の「山田天満宮」と共に“恋の三社”と呼ばれ、名古屋の恋のパワースポットとして、新たな歴史を刻んでいます。三社すべてをめぐりスタンプを集める「恋の三社めぐり」を行うと、記念品と恋愛運上昇印がもらえるそう。山桃のように“一途”にめぐれば、良いご縁に出会えるかもしれませんね。

城山八幡宮
住所〒464-0045 名古屋市千種区城山町2丁目88番地
駅・アクセス名古屋市営地下鉄東山線 覚王山駅2番出入口 徒歩6分
電話番号052-751-0788


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