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学ぶ歩く

覚王山》なぜ、日本の寺院にタイの国王像があるのか?そこには、釈迦の遺骨である仏舎利(ぶっしゃり)を巡る物語が。日本とタイを結ぶ唯一無二のお寺、「日泰寺(にったいじ)」。

2017/01/25  

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名古屋市営地下鉄 東山線覚王山駅 1番出入口を出てすぐ西側にある交差点を右折します。しばらく道なりに歩いて行くと、正面に「日泰寺(にったいじ)」が見えてきます。

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毎月21日には縁日が開かれ、境内や参道には約100店ほどの露店が立ち並び、多くの人で賑わいます。縁日以外にも釈迦を法要する涅槃会(ねはんえ)、花まつり、ウエサカ祭、泰安記念法要など、さまざまな行事が開催されています。参道には洋食ひらき、カフェZARAME NAGOYAなど、グルメ通にはお馴染みのお店も。

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日本とタイの友好の証として日泰寺は1904年(明治37年)に誕生しました。国内のどの仏教宗派にも属さない、いわゆる”超宗派”と呼ばれる国内唯一の寺院です。形態としては他に類を見ない寺院のため、運営も各宗派の住職が3年交代でつとめるという珍しい形を取っています。

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日泰寺は、釈迦の遺骨の一部である仏舎利(ぶっしゃり)が泰安塔に納められていることで有名です。
一般公開はされていないため、手前の拝殿までしか拝むことはできませんが、これは1898年(明治31年)にイギリスの駐在官ウイリアム・ペッペが、インド北部ピプラハワで発掘した壺に納められていたもの。そこに書かれている古代文字を学者たちが解読したところ、釈迦の遺骨ということが判明しました。十九世紀、西欧学者たちの間では「釈迦は実在しない」との見方が一般的であったため、これによる釈迦の実在の証明は”十九世紀における東洋史の一大発見”と言われるほどです。

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その後、遺骨はインドから仏教国であるシャム国(現在のタイ)へ寄贈され、さらに一部がビルマ(現在のミャンマー)やセイロン(現在のスリランカ)へ分与されました。当時、シャム国に駐在していた弁理公使(べんりこうし)の稲垣万次郎はこれを知り、チェラロンコーン国王に同じ仏教国である日本への遺骨の分与を懇願しました。その結果、日本がアジアで最初の修好条約を結んだ国がタイだったという背景からか、”日本国民への贈物”として日本への仏舎利の分与が決まりました。新聞では、仏舎利寄贈に関することや仏教の各宗派の動きなどが連日報じられたほどで、仏教界だけでなく国民的イベントさながらの盛り上がりだったようです。

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仏舎利を祀る(まつる)ための建立計画では、寺院の候補地探しに難航しましたが、市民の誘致運動が強かった名古屋に決定しました。シャム国は「暹羅(しゃむろ)」と訳されるため、寺の名前は日本とシャム国を表す「日暹寺(にっせんじ)」と命名。その後は、1939年(昭和14年)のシャム国からタイ王国への改名に合わせ、1942年(昭和17年)には現在の日泰寺へと改名されました。駅や街の名前にもなっている覚王山の「覚王」とは、”覚り(さとり)の王”である釈迦を表す山号(さんごう)であり、覚王山の街は日泰寺を中心に開発されたと言われています。

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山門の両脇には釈迦の弟子である迦葉尊者(かしょうそんじゃ)と、阿難尊者(あなんそんじゃ)の像が建てられています。建立当初の建物は1945年(昭和20年)の名古屋空襲で、ほぼ焼かれてしまったため、現在の山門や本堂、五重塔などは、それ以降に再建された比較的新しい建物です。

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鐘楼(しょうろう)の左右には、シェム国のチェラロンコーン国王とプミポン国王の紋章が入っています。2016年10月13日に死去されたプミポン国王はタイ国内のみならず世界に大きな影響を与えた人物でした。
また、日泰寺は除夜の鐘スポットとしても有名です。鐘をつくためには毎年12月1日から発売される整理券が必要ですが、発売後数日で完売するほどの人気となっています。

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高さ30mの五重塔は山門を超えた右側にあり、参道からも見え隠れしています。山口県にある瑠璃光寺(るりこうじ)の五重塔をモデルにしたといわれており、中には写経が収められています。

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本尊には、チェラオンコーン国王から頂戴したタイ国宝「金剛釈迦如来象(こんごうしゃかにょらいぞう」が祀ってあり、中央上段にはプミポン国王が直筆した勅額(ちょくがく)一面が掲げられています。

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なんと、本堂内におみくじを引けるガチャガチャが。空港に設置したガチャガチャが訪日外国人から人気を得たように、こちらも海外からの参拝者に向けたものでしょうか。もちろん、通常のおみくじやお守りも販売されており、御朱印を書いていただく場所も本堂にあります。

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本堂の左手にある仏舎利を寄贈したチェラロンコーン国王の像は、日本とタイの修好100周年記念となる1987年(昭和62年)に建てられました。タイには「チェラロンコーン大学」という国王の名を冠した国立大学があったり、国王の誕生日である10月23日には在日タイ大使が日泰寺に参拝するという慣習があるなど、その影響力は現代にまで続いています。

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バンコクの象乗りなど、タイにおいて昔から人々の生活や歴史に深い繋がりがある象も、従うかのようにチェラロンコーン国王像の近くに建てられています。ちなみに象のことをタイ語で「チャーン」と呼ぶそう。

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1987年(明治20年)に結ばれた「日暹(にっせん)修好条約」は2017年で130周年を迎えます。インドからタイを経て、日本に渡った仏舎利は日本とタイの友好を強く結び、それまであり得なかった仏教宗派の垣根を超え、日泰寺の建立へと発展しました。タイに親日家が多いと言われる理由は、日本食やサブカルチャーなどの影響といわれますが、同じ仏教国としての深いつながりも理由の一つであるように思えます。日本にいながらタイとの歴史や風情を感じられる日泰寺は、仏教の始祖である釈迦をも感じられる特別なお寺です。

日泰寺
住所〒464-0057 愛知県名古屋市千種区法王寺町1-1
駅・アクセス地下鉄東山線「覚王山駅」 1番出入口より徒歩10分
営業時間開門時間:5:00~17:00
受付時間:9:00~14:00
電話番号052-751-2121

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