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国際センター》幅50メートル!大きな橋に咲く、たくさんの “桜” 。堀川七橋とともに堀川を渡し、名古屋の東西を繋ぐ「桜橋」。

2016/05/06  

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名古屋市営地下鉄 桜通線 国際センター駅 3番出入口より、桜通を東へ進むと「桜橋」にたどり着きます。堀川に架かる架橋群の中では比較的新しい、RC造のアーチ橋です。石張りが施されているため、意匠的には周辺の橋に馴染む仕上りとなっています。

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桜橋は全長よりも幅員が広い “横長” の形をしていますが、そもそもは「菅原通り」と呼ばれる狭い道でした。桜橋が桜通とともに完成したのは1937年(昭和12年)、つまり名古屋駅が広井村の笹島(ささしま)から移転したのと同じ年。名古屋の発展を示すために、臨海工業地帯で開催された「名古屋汎太平洋平和博覧会(なごやはんたいへいようへいわはくらんかい)」に向けて開通されました。

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しかし、博覧会の約2ヶ月後には第二次世界大戦が勃発。このあたりも疎開空地帯に指定され、周辺の建物は取り壊されることになりました。桜通が再び整備されたのは戦後のことで、1946年(昭和21年)に決定した戦災復興の都市計画によって、幅員50メートルの幹線道路に生まれ変わりました。

現在は、100メートル道路と呼ばれる「久屋大通(ひさやおおどおり)」と「若宮大通(わかみやおおどおり)」に抜かれてしまいましたが、開通当時は名古屋でもいちばん広い道路でした。

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橋の広さが際立っているため、遠目からは主張の少ない橋に見えますが、実際に渡ってみると細やかな装飾に気がつくかと思います。設計者は “桜” に強いこだわりがあったようで、まるで桜の木のような形をした街灯や、桜の透かし彫りが施された灯具など、いたるところに桜のモチーフが見られます。

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ちなみに “桜” 通といっても、桜が植えられているのは一部の交差点のみで、桜並木が見られるわけではありません。桜の神木や花見客で大変賑わったとされる「桜天満宮」が呼称の由来で、かつての桜通は「桜の町筋」と呼ばれていたようです。拡幅整備の後、公募によって桜通と名付けられて、現在に至ります。

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桜橋の下流には堀川七橋のひとつ伝馬橋(てんまばし)が望めます。江戸時代には美濃街道(みのかいどう)が通っていたため、大名行列をはじめ多くの人が伝馬橋を渡ったようです。現在は閑散としていますが、桜橋を見守るように佇む姿は言い知れぬ情緒があります。

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近代化の訪れを告げるべく架けられた桜橋は、堀川の掘削とともに架けられた堀川七橋と同様に、大きな役目を持って造られました。名古屋市の東西を接続する「桜通」、桜橋はその一端として、桜の木のように悠然とした風格を漂わせています。

桜橋
住所〒460-0000 愛知県名古屋市中区錦1丁目
駅・アクセス名古屋市営地下鉄 桜通線 「国際センター駅」 徒歩4分

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