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国際センター》江戸情緒漂う土蔵と町屋。堀川の西に残る「四間道(しけみち)」は、清洲越(きよすごし)でやってきた商人の街。

2016/03/10  

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名古屋市営地下鉄 桜通線「国際センター駅」2番出入口を出て、桜通り沿いに進みます。3つ目の路地を左へ曲がり、道なりに進んでいくと、「四間道(しけみち)」とかかれた石柱碑が見えてきます。

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目に飛び込んでくるのは、周りとは一線を画す、タイムスリップしたかのような歴史的な街並み。右手には石垣の上に白壁の土蔵が並び、左手には格子戸と板壁の町屋が軒を連ねています。江戸時代の商人街の面影を残す「四間道」は、1986年(昭和61年)に名古屋市の「街並み保存地区」に指定されました。

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四間道の始まりは、名古屋という都市の始まりと重なります。江戸時代の初め、天下統一を成し遂げた徳川家康は、現在の名古屋北部にあった尾張国の拠点を、清洲から名古屋へ移します。

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家康は、まだ豊臣氏の勢力が残る大坂から、自身の新しい居城・江戸へ至る東海道の一大防衛拠点として、尾張を位置付けていました。元の拠点・清洲は、傍を流れる五条川が度々氾濫し、また籠城に不向きな地形でした。そのため、新たな拠点として名古屋に城を築き、ここへ清洲城の家臣や商人、町人、そして神社仏閣までも全て移転させたのです。

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慶長17年(1612年)頃から元和2年(1616年)頃までに行われたこの大移転を「清洲越(きよすごし)」と呼び、これが名古屋という都市の誕生となりました。この時名古屋城下に造られた、南北に9列、東西に11列の正方形のブロックが並ぶ「碁盤割(ごばんわり)」の街並みは、今も綺麗に残っています。

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四間道界隈は、この清洲越の際に名古屋へ移り住んだ商人たちの街でした。名古屋城築城の際に掘削された、すぐ傍を流れる堀川は、伊勢湾と名古屋城下を結んでいるため水運に恵まれ、米や塩などの生活必需品を城下町へ卸す商家が栄えました。

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名古屋の町は次第に発展し、周辺地域から移り住んでくる人々も増えていきました。しかし元禄13年(1700年)、大火に見舞われ、1600軒余りが焼失してしまいました。この大火を教訓に、道路幅を防火のため四間(約7メートル)に広げたことが、「四間道」という名前の由来になりました。

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今も残る石垣と土蔵の景観も、火災の延焼を防ぐ防火壁となるよう尾張藩が建築を推奨し、元文年間(1740年頃)に形成されたものです。

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そんな時代の面影を残す四間道の古い町屋には、珍しいものが見られます。四間道の石柱碑から道なりに進み、左手に「四間道ガラス館」が見えてから2本目の路地を左へ曲がると、その一つが右手に見えてきます。

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屋根瓦の上の、小さな祠。「屋根神さま(やねがみさま)」と呼ばれ、名古屋市周辺で見られる独特な信仰の形です。屋根神信仰は幕末・明治以降、四間道のように住居が密集した下町で始まり、隣近所に住まう家々が共同でひとつの屋根神を祀ります。

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毎月1日と15日に、屋根神の祠を綺麗にして紫の幕を張り、米や御神酒などを供え、かがり火をたきます。その屋根神を祀る共同体の家々が、毎月当番制でこの祭祀を行い、それを「月番(つきばん)」と呼びます。

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祭神としているのは、「津島神社」「秋葉神社」「熱田神宮」。いずれも名古屋市内に鎮座します。天王信仰の総本山である津島神社は疫病を防ぎ、秋葉神社は火伏せのご利益があると信じられ、家屋が密集する下町の人々にとって重要なものでした。そこに、三種の神器のひとつ、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)が鎮座し、全国的にも格別に尊ばれる「熱田神宮」の信仰が加わったようです。

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そのため、屋根神は「お天王さん」「秋葉さん」などとも呼ばれることがあります。また、毎月1日と15日の祭祀は、秋葉神社の月並祭に合わせているとも言われています。住民たちが、火災と疫病を防ぎ、健やかに暮らしたいという思いを共有し、共同体としての家々の結束を強める役割を果たしていたのでしょう。

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屋根神は民間信仰で確かな由緒がないためか、史料がほとんどなく残念ながら確かなことはわかっていません。四間道を含め、特に戦火を逃れた西区に比較的多く残っていますが、時代とともに隣近所の共同体としての結びつきが薄れていくにつれ、どんどん数を減らしています。
そのため、四間道に残る幾つかの屋根神は、名古屋独自の文化を今に伝えてくれる、とても貴重なものです。

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都市としての名古屋が誕生した江戸時代初期からの面影と、独特な民間信仰「屋根神さま」の残る、歴史的な街並み。今は、「CAFÉ DE SARA(カフェ ド サラ)」や「四間道ガラス館」など、古い町屋を改築したお洒落なカフェや雑貨店が増えています。

戦火を逃れて奇跡的に残る四間道は、名古屋の歴史を懐抱しながら、今も人々の集う場所として少しずつ姿を変えて、新たな時を刻み続けています。

四間道
駅・アクセス名古屋市営地下鉄 桜通線 国際センター駅 徒歩5分

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